“風評”被害発生の理由と対応–福島原発事故(1)

リスクコミュニケーションの学術的研究の立場から、福島原発事故の伴う”風評”被害について、解説と提言を行います。

福島第一原発がたいへんなことになっています。この影響は、農産物にも及び、福島県を含む4県のホウレンソウなどが出荷停止となっています。しかしながら、その影響は特定された地区と品目にとどまらず、近隣の県や他品目にも及んでいるようです。いわゆる風評被害といわれるものです。いずれの地域も関東地方の露地野菜の一大供給基地であり、農家だけでなく消費者にも大きなダメージも与えることになります。なんとか、必要最小限の影響にとどめる努力をしなければなりません。しかし、消費者が必要以上に慎重になるのはそれだけの理由があるわけですので、その理由を理解したうえで、対策を講ずる必要があります。

3月19日、原子力センター福島支所それぞれ行った緊急時モニタリングにおいて、福島県川俣町算の原乳から暫定基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたと報告がありました。これを受けて、厚生労働省は県に対して食品衛生法に基づく販売停止などの必要な措置を講じるように依頼しました。(厚生労働省報道発表資料 2011.3.19)その後、近隣各県のホウレンソウなどからも放射性ヨウ素やセシウムが検出されたことから、3月21日の原子力災害本部長(菅直人内閣総理大臣)から各県知事への指示として、福島県、茨城県、栃木県、並びにに群馬県のホウレンソウとカキナ、福島県産原乳の出荷を控えるように関係事業者への要請がなされました。続いて、3月23日付で原子力災害対策本部長の指示で、出荷停止の要請の品目と地域が拡大されました。さらに、住民にも対象地域の対象品目の摂取を差し控えることを住民に要請するよう指示されました。対象となったのは、福島県産の非結球性葉菜類及び結球性葉菜類(ホウレンソウ、コマツナ、キャベツ 等)とアブラナ科の花蕾類(ブロッコリー、カリフラワー 等)と、茨城県産の原乳及びパセリです。

原子力災害対策特別措置法第20条に、

原子力災害対策本部長は、当該原子力災害対策本部の緊急事態応急対策実施区域における緊急事態応急対策を的確かつ迅速に実施するため特に必要があると認めるときは、その必要な限度において、関係指定行政機関の長及び関係指定地方行政機関の長並びに前条の規定により権限を委任された当該指定行政機関の職員及び当該指定地方行政機関の職員、地方公共団体の長その他の執行機関、指定公共機関及び指定地方公共機関並びに原子力事業者に対し、必要な指示をすることができる。

とあり、これに基づいた措置です。ただし、報道を聞く限り、暫定基準値を超えたといっても、1年間食べ続けても、CTスキャンを1回受けた場合の3分の2レベルであり、煮炊きするとさらに、そのレベルは落ちるとのことです。

騒ぐことが好きなマスコミも、今回は冷静な対応を呼びかけています

所沢ダイオキシン騒動やBSE騒動などの食品事故の経験を乗り越えて、今回はテレビなどの報道も、「ただちに健康に影響が出るレベルではない」ことを繰り返し強調し、冷静な対応を呼びかけています。小売業界も、過剰反応が出ないように冷静な対応をとろうという動きもあるようです。

しかしながら、「東京・大田市場では、制限品目以外の茨城県産チンゲンサイにも注文が入らず、「4県産の野菜は売れない」との悲鳴が漏れた」(YOMIURI ONLINE 3.23 1:52)との報道もあり、いわゆる風評被害というのが懸念されています。

風評被害は消費者の愚行なのでしょうか?

風評被害とは、世界百科事典(平凡社)によると、

あることやある人の噂が世間に広がることによって,本当は何もないにもかかわらず被害が生じること。青森県の下北半島に建設される核燃料サイクル施設について,〈施設ができると放射能などをめぐる風評が立ち,農産物などの売行きが悪くなる〉と心配する農業関係者のために,被害補償のための100億円の財団基金が創設された。

とあります。本当は、食べても問題ないのに、政府の説明や報道などが適切でないために、そのことが信用されずに、当該農産物が売れなくなる、ということです。風評被害によって、農家はいわれのない損害を被ることになります。この場合、誰が悪いのでしょうか?政府または報道が「きちんと」対応すればよいのでしょうか?風評に惑わされる消費者は愚か者なのでしょうか?上の説明の「本当は何もない」というのが問題です。

BSE騒動の時は、消費者は愚か者だといわんばかりの見解がしばしば出されました。特に研究者などからが多かったと思いますが、BSE検査なんかしなくても、日本で新型ヤコブ病にかかる確率は、100年に1人ぐらいだ、そんなに騒ぐこともないのに、お金をつかって全頭検査をして、それでも買い控えている・・・愚かなことだと。

安全と安心の間には幾多のギャップがあります

食品が安全かどうかは科学的に評価されます。しかし安全はそのまま消費者の安心にはつながりません。安全と安心の間には大きな隔たりがあります。この2つを隔てているものとして、

  1. 科学的な評価に関するコミュニケーションギャップ
  2. 科学的な評価に対する消費者の懸念
  3. リスク管理に関する消費者の懸念

の3つがあります。

科学的な「安全」を一般消費者に理解してもらうのはむずかしい

科学的に安全だという評価が出されたとしても、そのことをうまく消費者に伝えるのはむずかしいことです。わかりやすく伝えようとすると、正確な説明でなくなるし、正確に伝えようとすると、説明がむずかしくなります。ホウレンソウの放射性ヨウ素の暫定基準値が2,000Bq/kgと言われても、それがどういう値なのか判断できる消費者はそんなんいいないでしょう。これを書いている私もよくわかりません。かといって、胃のレントゲンがどうのという表現をとると、それは例えとして正確でないという批判が必ず出ます。

科学的な「安全」を信用してもらうのも難しい

仮に、安全性の説明がうまく伝わったとしても、そもそもその評価が本当かどうかという疑いが差し挟まれたりもします。その原因のひとつは、科学的な評価能力に対する懸念です。最初は安全だと言っていたのに、その後、それが覆された事実を消費者はたくさん知っています。今回の原発の事故もそのひとつとして記憶されるはずです。

この科学的評価能力の限界は、科学的評価にブレをもたらします。専門家の100人中99人が安全だと評価しても、1人が疑問を差し挟むこともあります。「専門家」といってもピンキリで、誰がピンで誰がキリか、消費者にはなかなか判断がつきません。そのために、こうした評価のブレを利用する人もいます。たった1人の専門家の評価が、特定の人や団体にとって都合がよい場合、それだけを大きくとりあげることも可能です。ですから、いくら科学的評価といっても、いろいろある科学的評価の中で、情報の発信者に都合のよい情報を選択しているのではないかという懸念を消費者は抱いてしまいます。厚生労働省が設定した暫定基準値を超えているといっているのに、出荷停止や風評被害の影響が心配されると、政治家からは人体に影響はない程度、つまり安全だという説明がなされます。これを聞いた消費者から、厚生労働省の基準は「責任逃れ」で、政治家は「生産者擁護」のための評価だと怪しまれても致し方がありません。

リスク管理上の事故や不正も疑われます

科学的評価が信用されたとしても、リスク管理への懸念が生じる危険性もあります。たとえば、あるエリアの物だけが危険で、それ以外のエリアの物は安全だと評価されたとしても、危険なものが混ざらずに流通する保証はありません。流通業者が「確実にやってます」と主張しても、事故が起こるかもしれません。その事故は過失によるものかもしれませんし、故意によるものかもしれません。今回、国として出荷停止要請を指示したことは、「暫定基準を超えた野菜が流通することはありません」ということを消費者に担保し、スーパー等で売られている野菜を買い控えることを無くすという意味も強いはずです。現在のところ、そこまでの心配はまだされていないようですが、BSE騒動の際は、流通業者の不正事件で、消費者の懸念は増す結果となってしましました。

消費者は、直感的にこれらの懸念の下で安心かどうかを評価しています。ですから、単に、科学的に安全だと評価されたことを伝えても、そのまま鵜呑みにはしません。科学的な評価を理解できる専門家は、そうした消費者を合理的ではないと避難するかもしれませんが、残念ながら、これはこれで合理的なのです。今回の事故では、野菜にとどまらず、被爆をおそれた輸送業者のドライバーが引き返すなどの深刻な問題が報道されたりしています。これは被災地の皆さまの命にかかわることでゆゆしき事態ではあるのですが、私たちはこうしたドライバーを責めることなどできないのです。

モニタリングの方法と最新の結果を一覧できる表を出してください

それでは、どうしたらよいのでしょうか。こうした安全と安心との隔たりをできるだけ無くすことしかありません。科学的立場からは、相変わらず、安全であると評価できるものについてはそのリスクの低さを繰り返し説明すべきです。わかりにくいかもしれないけれど正確な説明も必要です。

福島第一原発周辺の近隣各県で、放射性物質の緊急時モニタリングが続けられています。しかし、そのの結果が一覧できません。厚労省のHPを見ると、各自治体から散発的にあげられた結果が、そのままPDFファイルとしてUPされており,現状として、どのような地区のどんな野菜が暫定基準値を超えたかどうかを一覧できない状態にあります。福島県のホウレンソウとカキナから基準値を超える放射性ヨウ素が検出されたことは知っていても,モニタリングの結果,それらが検出されなかった,あるいは値が著しく低かった地区や野菜についての情報まで知っている消費者はほとんどいないと思われます。その後もモニタリングの結果が出されており、そこでどこのどんな野菜に暫定基準値を超えたものが見つかったかといった情報どころか,モニタリング結果が随時出されていること自体も、うまく伝えられていない気がします。今後も変化すると思われる環境条件の下で,当然モニタリングの結果も変わるだろうし,伴って,緊急モニタリングは続けられるのかどうかもよくわかりません。厚生労働省または食品安全委員会は,自身のHP上に,緊急モニタリングの結果を一覧できる表を作成し,随時更新すべきと考えます。

暫定基準そのものの説明が不足しています

ほとんどの消費者はそのような一覧表で示される値自体を評価できませんが,少なくとも暫定基準値を超えているかどうかは判断できます。それはこの基準値の設定も含めて,便宜的で文字通り「暫定的」な判断かもしれませんが,そうした「不正確だけどわかりやすい」説明を行っていくことも重要です。

そうした意味では,今回の「暫定基準」の設定と利用にはやや問題があります。この基準は、食品衛生法に放射性物質関係の基準がなかったことから、3月17日に厚労省がいわゆる「暫定」的に定めたものと聞いています。枝野官房長官が、「暫定基準は保守的だ」みたいな発言で、安全性を強調しようとしていますが、そもそもこの暫定基準がどうやって決まったかがうまく説明されていないので、一方で「基準を超えた」と言っているのに,一方では「安全だ」と言っている,それじゃ,その「基準」て何なんだ,という疑問が出るのは当然です。食品リスクを科学的に判断するといっても,それが人体に及ぼす影響となると,大人か子供か幼児か妊婦さんかによっても異なるし,その食品をそれをどの程度食べるかにも左右されますので,一概にどこから安全か危険かを線引きすることはできません。しかし,それを正確に理解するというのは,一般の消費者には難しいことなので,「不正確かもしれないけれどわかりやすい」基準の設定は必要です。ですから,この基準の利用や解釈をめぐって齟齬が生じる場面が出てくるのは当然で,無くすことはできないでしょう。ですから,なぜ同じ値をめぐって安全だとかそうでないとかの違いが出るのかといった理由を消費者が納得できる説明が必要なのです。暫定基準の設定について厚労省のHPで調べようとしましたが、少なくとも私はうまく見つけることができませんでした。

科学的に不合理でも「安心」を置き去りにしてはいけない

しかし,こうした情報提供に対する消費者の反応はそれぞれです。専門家のだれがどう判断してもリスクは著しく低いと評価した品目についても,それを買い控える消費者は出てくるでしょう。上述したように,消費者がリスク評価やリスク管理による信頼度が違うからです。

BSE騒動の時は,食品安全性の研究者の間に「ゼロリスク神話」とでも呼べる根強い偏見がはびこりました。「一般消費者は,その食品が絶対安全でないと食べようとしない。どんな食品にも多かれ少なかれリスクはあって,その多寡で安全かどうかを判断すべきなのに,そのことが理解できない」といった説です。リスク問題の研究者は,リスクを,そのリスクが顕在化した場合の被害の程度(「ハザード」といいます)とハザードの発現確率で評価します。こうした研究者の勝手で単純な定義から見ると,自らの身を守るために消費者が判断する直感的かもしれないが,複雑で多様なリスク評価の方法は,なんとも不合理に見えるようです。

今回は,政府からの指示として,一部地域と一部野菜品目の出荷停止という異例の措置がとられました。食べてもたいしたことないとった説明つきのようですが,これは政府が安全な野菜とそうでない野菜とを線引きして,仕分けた形になります。「流通しているものは安全だ」という半ば保証めいたことを行おうとしているわけです。政治的な措置にも見えますが,消費者の視点からすると,これは非常に大事なことです。科学的判断だけで政策を行うと、消費者の不安が置き去りにされます。そうなると、結局、農産物全体に対する不信感を生み、需要の減退を招き、逆効果となる場合も出てきます。そこは「政治的」な柔軟な対策が必要です。無駄だとわかってもやり続けたBSE全頭検査も、安全政策としては無駄でしたが、安心政策としては非常に効果がありました。ただし、それはあくまで政治的な決着です。科学者は、無駄だとわかっていても安全政策を唱え続ける必要があります。

事態の変化への対応が無用な憶測を生まないような対応を

 ただし,これも暫定基準の話で指摘したのと同じで,その線引きの根拠を明確に示すべきです。この線引きは,今後,変わる可能性があります。それをもって,国の態度がブレていると思われてはいけないからです。そうなると,また無用な憶測を生みます。そういう憶測は打ち消すのが難しい場合が多いです。出荷停止地区・品目の線引きがどういう基準で設定され,それが変わった場合に,なぜそれが変わったのか,消費者が合点するような説明が必要です。

しかしながら,今回は,もっと基本的なことなのですが,そもそもどこのどの野菜が出荷停止となったのかの情報がうまく集められません。原子力災害本部長の指示は、21日と23日の2回出されましたが、各県知事への指示を通じて、関係事業者に要請するという形をとっています。一般消費者は、結局報道を通じて,どのような指示が出ているのかを知るしかないようです。報道では、21日の報道が強調され、出荷停止はホウレンソウとカキナだけと思い込んで、「冷静」に対処しようとしている消費者もいると思われます。こうした消費者が後になって、それだけではなかったと知ると、おそらく、かなり頑なな態度に変わる恐れがあります。これではあんまりです。全国の消費者に関わるのだから,県任せにするのではなく,国として,出荷停止措置をとった地区と品目の表を掲載し,随時更新していくことが必要です(食品安全委員会のHPのリンクをたどれば出てきますが・・・)。

リスク管理の徹底と説明を

農業サイドは、リスク管理の徹底を行い、消費者が納得する形で説明しなければなりません。科学的なリスク評価を行っております。そこで安全と評価されたものが確実に食卓に届くように、これこれこうした管理をおこなっています、といった説明を繰り返し行い、それを確実に実行することです。これからなんらかの補償が検討され、実現することでしょう。その際、をBSE騒動の時ように、業者の不正が発覚するなどはもってのほかです。

底のないコメ需要の減退と低迷する米価の中で、農家は野菜生産に活路を見いだし、様々な努力を続けて、産地をつくり維持してきました。10年前の野菜と今の野菜を比べてください。昔の野菜は・・・的な懐古趣味からの批判もあるかと思いますが、今の野菜は本当にいろいろ工夫されています。少しでもおいしく、食卓を楽しませられるように、品種改良され、肥培管理や調製、出荷・輸送方法が改善されてきました。幾多の食品事故をくぐり抜けて、農薬の管理や削減を実現してきました。意味あるとは思えない栽培履歴なんかにも協力してきました。今、スーパーに並んでいる野菜は、そうした農家や関係業者・団体の努力の結晶なのです。今回の放射性ヨウ素等の問題では、その被害が科学的に必要とされるレベルから極端にふくらまないことを切に願うのみです。

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