旭市産サンチュ問題:農家や業者を責めてはいけない–福島原発事故(5)

リスクコミュニケーションの学術的研究の立場から、福島原発事故の伴う”風評”被害について、解説と提言を行います。

早くもやってしまったか? 

asahi.com 2011年4月13日5時1分 によると、4月4日に出荷制限が指示されていた千葉県旭市産のサンチュが、東京都品川区内の大手スーパーで販売されていたことがわかったそうです。出荷や摂取制限が水産物にも拡大する中、毎日憂鬱な気持ちが増していく中、あ~、早くもやってしまったか、と頭を抱えたニュースでした。

食品の「風評」被害の原因は、(1)一般消費者が食品リスクに関する科学的な評価を理解するのが難しいというだけでなく、(2)科学的評価の信頼性と(3)リスク管理の徹底に対する疑念が根底にあります。政府としては、科学的評価からすると厳しすぎる暫定基準で出荷規制を行い、科学的評価への疑念に応えた形ではありますが、4月4日の枝野官房長官の説明を聞く限り、リスク管理の徹底について何の配慮もされていませんでした。BSEの時は、流通業者の偽装事件なんかがあり、消費者のリスク管理についての信頼は地に堕ちました。ですから、今回はなんとしても不祥事は出すべきでは無かったのですが。

・・・と思っていたら、産地による不祥事ではないようです

事の経緯は、次のとおりです。まず、3月22日に旭市で採取されたホウレンソウ、チンゲンサイ、シュンギク、サンチュ、セルリー、パセリの5品目から、暫定基準値2000ベクレル/kgを超える放射性要素131が検出され、3月25日に厚生労働省へ千葉県からの報告がありました。旭市はこれを受け、出荷自粛を決定。千葉県はは3月29日に旭市や農協に対し、出荷自粛を指示しました。3月28日、旭市は独自にサンチュの検査を実施し、ヨウ素が1キロあたり1700ベクレル/kgで、基準を下回ったので、出荷を止めていた集配業者はスーパー側と話し合い、「基準以下になったので出荷を控える必要はない」と判断。翌29日から、出荷を再開したそうです(前出asahi.com)。実際、3月30日の県の検査結果でも、サンチュのヨウ素は730ベクレル/kgと低くなっています。ところが、4月4日に、政府は、3月25日の検査報告を受けた形で、旭市の野菜5品目の出荷制限を指示。これに従い、旭市のサンチュは再び出荷が停止されました。そして、4月7日に、農林水産省に食品表示の状況を報告している「食品ウオッチャー」がスーパーの店頭で旭市産のサンチュが売られているのを見つけました。表示は千葉県産でしたが、集配業者の所在地が旭市だっだそうです(前出asahi.com)。

この経緯を見る限り、産地側に落ち度はありません。出荷された野菜の回収義務まで言われたら仕方ありませんが、3月29日に出荷を再開した時点では、検査結果が暫定基準を下回った場合の対処方法は示されていませんでした。それが示されたのは4月4日のことで、1週間に1回の検査で連続して3回暫定基準値を下回れば、出荷を再開してもよいということになりました。

3月22日の検査結果で、暫定基準値を超えたけれど、3月28日の自主検査でも、3月30日の千葉県の検査でも、サンチュは低いヨウ素しか検出されていません。しかし、4月4日の政府が示した出荷制限解除の方針に従うと、3月22日から少なくとも3週間は出荷できないことになり、やはり同日に指示された旭市産サンチュの出荷制限は致し方ないことになります。

流通在庫排除の指示がなかったのです

 集配業者の所在地が旭市だからといって、その業者が扱うサンチュが旭市産だったかどうはわかりません。スーパー側は「詳しい流通経路は調査中」としているそうですが、asahi.comは、「政府は「出荷を自粛していて流通しない」としていたが、実際には出回っていた」と決めつけています。何か根拠があるのでしょうが、記事を読む限りではわかりません。

もし、本当に旭市産のサンチュが出回っていたとしたら、流通業者の手落ちということになります。出荷制限が出された時点で、旭市産サンチュを扱った流通業者は、自主的に 回収を行うべきだったはずです。だからといって、その流通業者が不正を行ったのかというと、そういうわけではありません。指示や要請を無視したというわけでもありません。

今回の出荷制限は、4月13日現在、3月21日、3月23日、4月4日の計3回の指示と、4月4日と4月10日の2回の修正指示で行われています。これは、原子力災害対策特別措置法第20条第3項に基づくもので、この法律は、原子力災害対策本部長の内閣総理大臣から、関係機関の長(この場合は、県知事)に対して、必要な指示をすることができるとしています。たとえば4月4日の指示は、菅直人総理大臣から鈴木栄治千葉県知事に対して、

貴見においては、次に揚げる品目について、当分の間、出荷を控えるよう、関係自治体の長および関係事業者等に要請すること。

という指示となっています。したがって、あくまで出荷制限は関係事業者等への「要請」であるわけです。

だからといって、千葉県の「出荷は止められなかった」といった発言はまずすぎます。まるで、止めてくれと言ったのに生産者が出荷したみたいではないですか。生産者は4月4日の指示に従って、ちゃんと出荷を止めています流通在庫を排除するような指示がなかったのです。「関係事業者」がどこまでを指すかは不明ですが、「出荷を控えるよう」とあるので、流通在庫の排除までは指示していないはずです。それを受けて千葉県がどう動いたかはつかんでいませんが、千葉県のHPの説明を見る限り、当然、出荷段階にしか要請していないようです。

平成23年4月4日付けで、国の原子力災害対策本部長から、原子力災害対策特別措置法第20条第3項に基づき、旭市で産出された6品目、香取市及び多古町で産出された1品目の農産物について、当分の間、出荷を控えることを関係自治体の長及び関係事業者等に要請するよう指示がありました。
それを受け、本日、関係市町長に対して生産者等に出荷を控えるよう要請方依頼しました。また、関係農業協同組合長には、出荷を控えるよう要請しましたので、お知らせします。

ちなみに、今回の報道を受け、4月13日付けで農林水産省大臣官房参事官(園芸担当)名で千葉県農林水産部長に出荷制限指示を徹底するよう要請文書が出されています。それには、

貴県におかれては、県内の生産農家や集出荷業者に対し、政府の指示に基づく出荷制限指示を徹底されるよう、改めてお願い申し上げます。

とあり、問題が集出荷業者だったということで、はじめて「集出荷業者」という文言が出てきました。同日、千葉県は、農林水産部長名で、次のように旭市長に要請しています。

貴市内の生産者団体及び個人の生産者に対し、現在出荷制限となっている品目について、国の出荷制限が解除されるまで出荷を控えるよう再度要請方お願いします。

ここで集出荷業者が抜けています。とはいえ、「集出荷業者」が対象にはいっていてもいなくても、あくまで「出荷」制限であって、出荷してしまった流通在庫を回収するような指示されていないのに違いはありません。

集荷業者からすればこういうことです。

  1. 3月25日に出荷自粛の要請が来た。
  2. しかし、いつまで自粛したよいかわからない。自主的に検査を続けたら、基準値以下となった。
  3. もう安全なはずなので、自主的な判断で3月29日から集出荷を再開した。
  4. ところが、4月4日に、政府から出荷再開の方針が出され、それによって、まだ集出荷はできないことになった。
  5. だから、再び集出荷を停止した。

政府のリスク管理に何も反していません。ただ、それまでに出荷してしまったサンチュの回収をしようという自主的な判断がなかったのです。

リスク管理の徹底とそれを伝える努力がないのですよ

もう一度確認すると、今回の出荷制限は、4月4日の枝野さんの説明によれば「指定を受けていない農作物については安全であるということを消費者の皆さんに感じていただき、風評被害を無くしていくということが重要ではないかというふうに考えて」のことで、そのためには、単なる検査と線引きだけではなく、その厳しすぎる基準を下回ったものだけが流通することを保証することも重要なはずです。したがって、農家や農協には、出荷自粛を呼びかけながら、流通業者には、流通在庫の確認と管理の徹底を促さなければなりません。しかもそれだけでなく、そうした出荷・流通のリスク管理が徹底されていることを消費者に納得してもらうことが何より重要なはずです。

そのことから考えると、BSEの時もそうでしたが、今回もこのリスク管理の徹底とそのことを消費者に納得してもらう努力が、政策として何も行われていないようです(BSEの時は、全頭検査開始以前の流通在庫の買い上げ措置はありましたが・・・)。関係主体の皆さんは、それぞれ自主的に努力されているとは思うのですが、少なくとも、それをもって、消費者に安心させる方策がとられていないと思います。

本当に出荷制限が要請された旭市産サンチュだったのか、早急に事実解明を行うとともに、そうしたことが起きないような改善策を、関係事業者への指示する必要があります。そして、そのことで、消費者が「確かに、流通しているものは安心だ」と思える体制がつくられていることを示す必要があるでしょう。

問題が起こるたびに、誤解や憶測を生まない説明を

リスクコミュニケーションの目的の一つとして、関係主体間の真意に対する誤解を生じさせない努力があります。いろいろな事象が起きた都度、その真意を誠意をもって説明していくことで、無用な誤解や懸念が生じるのを防ぐことができます。今回も、まだ白黒はわかりませんが、黒だとしたら、なぜ流通してしまったのか、それは風評被害を防ごうとする、生産者および流通業者の誠実な対応の上でも、致し方なかったことであり、そうした事故は今後は起こりえない対策がとられたことを逐一説明する必要があるでしょう。

asahi.comの報道の「政府は『出荷を自粛していて流通しない』としていたが、実際には出回っていた」という表現は、リスク管理体制に欠陥がある印象を与える表現で、「風評」被害をあおるものです。また、「千葉県は『出荷自粛に法的拘束力はなく、出荷を止められなかった』と釈明。農水省は『流通したサンチュを食べても直ちに健康に影響が出るわけではない。出荷停止になっていない野菜を流通させても原子力災害対策特別措置法には違反しない』と説明している。」として報じておりませんが、記事だけでは詳しくわからないですが、本当にこんな説明しかしていなかったとしたら、リスクコミュニケーションとしてはだいぶ問題です。

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