ソーシャル・マーケティング

顧客のニーズを的確にとらえ、価値を創造し、その価値を伝え、入手しやすい環境を整えていくのがマーケティングですが、この価値は必ずしも商品に限る必要はありません。例えば、移動手段として自家用車を減らして、バスや電車などの公共交通機関の利用を促進したい行政やNPOにとっても、マーケティングの手法は役立つものです。

social marketing
社会的問題の解決手法をどう普及させるか

この場合、社会的ニーズであるCO2排出削減のために考案したのが、社会的プロダクトとしての公共交通機関の利用促進ということになります。そのためにポスターなどのプロモーションを考えるのは常套手段ですが、それだけでなく、公共交通機関を利用しやすい利用料金の設定も考慮する必要があるし、公共交通機関を利用しやすい環境整備も求められるでしょう。そうした設計は、多様な市民がいることを考えると、ある程度セグメンテーションも必要でしょうし、限られたキャンペーン予算の中では、特定のセグメントにターゲットを絞った戦略をとった方が効果的なのかもしれません。

こうした社会的ニーズに応えたるためにマーケティングの手法を活用することをソーシャル・マーケティングと呼びます。そうでない上述したような通常のマーケティングをマネジリアル・マーケティングと言います。フィリップ・コトラー氏は、マネジリアル・マーケティングの大御所ですが、もともと経済学者であった彼がマーケティングに関心を抱いた最初は,経済学博士号を取得する1年前に経験したインドでの生活で社会問題を目の当たりにし,マーケティングの考え方を応用することで,貧困や環境破壊などを解決できないだろうか,と考えるようになったからだと述べています。「石鹸を売るように,人類愛を売れないのか?」「人がタバコをやめるように説得することに,マーケティングは使えないだろうか」と。(フィリップ・コトラー『コトラー マーケティングの未来と日本』KADOKAWA,2017)

ソサイエタル・マーケティング

ソーシャル・マーケティングと似たようなものに、ソサイエタル・マーケティングというものがあります。これは、短期的な顧客ニーズを充足するだけのマーケティングでは抜け落ちてしまう長期的な価値や顧客以外の人や環境などへの影響も考慮に入れて、社会全体の福祉を向上させていくようなマーケティングです。

一口食べただけで美味しいと思うインパクトのある味付けの料理は、お客さんをキャッチするのに向いていますが、塩分や糖分・脂分をきつめに使うので、そんな料理ばっかり食べ続けたら健康が心配ですね。しかし、調味料を控えた体に優しい味付けでお客さんの健康のことまで考えた料理は、家庭料理のようなもので、食べなれるとしみじみ美味しいはずなのですが、インパクトに欠け、一見のお客さんを惹きつけるのはむずかしいかもしれません。

タクシーから降りる時、自動でドアを開けてくれるのが普通ですが、なかには、わざわざ運転手さんが車を降りてドアを開けてくれるタクシー会社があります。丁寧なサービスで、お客としてはVIPみたいな扱いで気持ちがよいかもしれませんが、(件のタクシー会社はそうではないですが)もし、それが他の人や車の通行を妨げることになっていたとしたら、それは迷惑だし、お客さんの中には、そういったサービスを嫌がる人もいるかもしれません。

コストを徹底して下げて安いく販売すれば、短期的には顧客に喜ばれますが、もしそれが、本来なら他国や将来世代が利用すべき資源を収奪することで実現されたものであったとしたら、売り手も買い手もうれしいかもしれませんが、世の中には迷惑なことです。

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環境に調和した生産・販売活動を成立させるマーケティング

 

こうした長期的な視点に立って、あるいは社会全体のことを考えてマーケティングを行うことが、ソサイエタル・マーケティングです。長期的に顧客や社会に役立つ製品・サービスとは何かを考え、それが選択される条件を整えていく活動です。

環境マーケティングとは

環境マーケティングは、環境問題に関わるソーシャル・マーケティングとソサイエタル・マーケティングの2つの領域を含みます。公共交通機関の利用やごみの分別など、環境保全につながる行動を促進するためにマーケティングの手法を活用することも環境マーケティングですし、企業活動を環境に調和するように見直し、それを企業経営として成立できるように市場に働きかける行為も環境マーケティングです。

最近は、環境保全を企業の使命として掲げる企業も出てきました。そうした企業のマーケティングは、ソーシャル・マーケティングでもあるし、ソサイエタルマーケティングでもあります。例えば、パタゴニアという会社は、ビジネスを通じて環境を改善することを企業のミッションとして謳っています。こうした企業にとっては、自社製品を普及させることはソーシャルマーケティングと捉えているでしょう。そうした活動が持続性を持つには、自社の経営が成立するだけの収益性を確保していくことも必要で、そのためのマーケティングは、ソサイエタル・マーケティングと捉えるべきでしょう。しかし、結局両者は、市場において、収奪型の製品よりも自然資源や環境に配慮した製品を購入し、使用するように消費者へ働きかけているのであり、同じことをしています。農業を環境保全的なものに変え、その普及を目指すことも同様です。

>>持続可能な社会を求めて求めて