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「風評」被害の大きさを知る

アンケート集計の途中ですが、野菜の出荷停止などがあって、どの程度の「風評」被害が生じたのでしょうか?一部についてですが、計算してみました。ただし、ここで言う風評被害は、前にも書いたように、本来の意味での風評被害ではありません。本来の意味での風評被害は、「本当は安全なのに、根も葉もないウワサなど、いわゆる風評によって生じる経済的あるいはその他の被害」ということでしょうが、ここで計算しているのは、「放射性物質が国の基準値を下回り、それを食べても安全だと科学的に判断されたために、出荷が認められ、流通している野菜の販売価格の低下」です。「科学的に判断」されているのだから食べても安全だと個人的には思いたいですが、われわれのような科学的知識の不足している人にはその妥当性は判断できません。したがって、本当に不安に思う気持ちが「根も葉もない」ものかどうかわかりませんので、ここではカッコつきで「風評」と書いています。

分析対象としているのは、東京都中央卸売市場に出荷されている福島県、茨城県、千葉県、栃木県、群馬県の5県の野菜の平均単価です。この5県は、昨年3月から4月にかけて、基準値を超える放射性物質が野菜から見つかったということで、出荷停止を行った県です。とはいえ、該当するのは一部の地域の一部品目についてであり、今となっては、とっくの昔に全て規制が解除されています。しかし、当時、規制対象外の野菜についても売れ行きが鈍り、深刻な事態となりました。5県いずれも原発事故の被害者であって、そうした意味で、以下「被災5県」と呼ぶことにします。出荷規制によって出荷できなかった野菜については、当然補償の対象とすべきでしょうが、「風評」被害について、補償されるかどうかは難しいところだと思います。しかしながら、実際にどのくらいの「風評」被害が生じたか、その大きさを認識しておくことは必要なことだと思います。

東京都中央卸売市場を見ると首都圏の野菜の需給の様子がわかります

東京都中央卸売市場というのは、大田市場や築地市場といった、東京都が開いている11の市場のことです。野菜は、このうちの9の市場に出荷されており、首都圏の7~8割の野菜はここを経由して(伝票だけの場合もありますが)食卓に送られています。

卸売市場では、セリで価格を決めているところがよく紹介されますが、これは生産者が出荷したものを卸売会社が受託販売しているところで、値段をつけているのは仲買人の人たちです。生産者と言っても、ふつうは農協などを通して共同で出荷されてきて、卸売会社がそれをセリにかけてくれるわけです。ですから、卸売市場で決まった値段で、生産者の売上額が決まります(実際には、そこから輸送費や、卸売会社や農協などの手数料が差し引かれますが)。これらはほとんど定額か定率でとられますから、卸売市場での販売単価の変動を見ると、生産者の売り上げの変動もわかることになります。もっとも、最近はセリだけでなく、予約相対(あいたい)取引と呼ばれる、あらかじめ数量や値段が決められて取引する場合も少なくないのですが、それでもこのセリの値段がなんらかの形で参照されることが多いです。また、予約相対で取引されたものも、卸売市場の取り扱い数量や金額に含まれますので、野菜の場合、それらをすべて計上した卸売市場統計を見ると、野菜の出荷や需要の様子のかなりの部分がわかるのです。

ちなみに「野菜」とは何か、ですが、これは東京都卸売市場の場合、根菜類(ダイコン、ニンジン、レンコン、タケノコなど)、キャベツ・レタス・葉茎菜類(ハクサイ、ネギ、ホウレンソウ、ブロッコリーなど)、果菜類(キュウリ、ナス、トマト、ピーマンなど)、豆科野菜類(インゲン、サヤエンドウ、ピース、エダマメなど)、バレイショ・土物類(カンショ、ヤマイモ、サトイモ、タマネギ、ニンニクなど)、香辛つま物類(ワサビ、ショウガ、シソ、カイワレなど)、キノコ山菜類、野菜加工品(冷凍野菜、干しシイタケ、タケノコ水煮、山菜水煮など)です。ちなみに、イチゴ、スイカ、メロンは「果実」に分類され、売り場も違います。逆に、ウメ、ユズ、ダイダイ、スダチ、カボス、ギンナンは、その他野菜類として「野菜」に入れられています。

被災5県の野菜出荷量はそれほど減っていない

震災前の2010年、東京都中央卸売市場には日本国中と世界から150.8万トンの野菜が出荷されましたが、このうちの37.6%が被災5県から出荷されたものでした。最も多いのが、千葉県で13.2%、次が茨城県で12.8%、続いて、群馬県、福島県、栃木県となります。(ちなみに、その他を含めた順位で言うと、千葉県が1位、茨城県が2位、北海道が3位、群馬県が4位、長野県が5位となり、福島県は10位、栃木県は11位です。)

被災5県産野菜の出荷量割合:2010年東京都中央卸売市場

これに対して、原発事故があった2011年の出荷量を見ると、それほど出荷量は変動していません。確かに、震災直後の4月の福島県からの入荷量は、前年の46.8%水準に落ち込んでしまいましたが、8月には前年度の出荷量を回復しました。2010年は野菜が不作の年であり、それもあって、2011年の出荷量は、対前年比で全国的に増加しました。千葉県、栃木県の出荷量も若干増加となっています。しかしながら、いずれにせよ、こうした出荷量は、年々の作況に応じて変動するもので、時期的、局地的にいうと深刻な事態には変わりありませんが、年全体・県単位でいうと、2011年に被災5県の出荷量が極端に落ち込んだという規模ではありません。

被災5県の野菜出荷量の変化:2010年から2011年、東京都中央卸売市場

被災5県産野菜の平均単価は厳しい落ち込み?

平均単価はどうでしょうか?前年比でいうと、茨城県産野菜の平均単価はkg当たり295円から137円に落ち込みました。実に、53%の下落です。ただし、2010年は、野菜は不作の年で、価格が高騰し、鍋からネギが消える、という非常事態の年でもありました。被災5県以外からの野菜でも、前年比と比べると、平均単価は19%下落しています。ですから、2010年と比較するのは拙いかもしれません。そこで2009年と比べてみましょう。2009年の被災5県の野菜の平均単価はkg当たり244円、2011年が238円なので、2%の下落ということになります。これに対して、茨城県産野菜の下落は39%、栃木県は24%、福島県が18%、群馬県が17%、千葉県が14%の下落となりました。葉物野菜の産地の茨城県と栃木県の落ち込みが厳しいように思えます。改めて確認しておきますが、あくまで出荷されている野菜は、放射性物質の検査をパスした野菜の平均単価が下落しているのです!この数字を見ると、やはり「風評」被害は甚大のように思えます。

被災5県の野菜平均単価の推移:2002~2011年、東京都中央卸売市場

しかしながら、野菜の平均単価というのは、その年の日本全体の野菜の作況と当該産地の作況に左右されます。卸売市場から見ると、総出荷量がどうか、当該産地の出荷量がどうかということになります。野菜全体の平均単価について言えば、葉物が多いのか、土物が多いのかといった品目構成でも変わります(それぞれ平均単価が違うので)。もちろん、「今年は寒くて鍋物が人気」というように、その年にどんな野菜が人気があるかといった需要の変動にも左右されます。ですから、特定の年の価格と比較するのは実は拙いのです。先ほどの比較でも2010年産との比較はあきらかに拙そうでしたが、それでは2009年はどうなのかということになります。価格の決定要因を勘案した「もし『風評』被害がなかったら実現していたはずの平均価格」と実際の平均単価との差を測らなければならないわけです。

しかし、やっかいなことに、「実現していたはずの平均単価」などというのはこの世に存在しませんので、なにか細工してこの平均単価をひねり出さなければなりません。学術論文的に言い換えれば、いろいろ仮定を置いた上で、価格決定をモデル化し、そのモデルに基づいて2011年産野菜の予測値を推定することで、その推定値と実際の平均単価との差を測る、ということになります。

計算のやり方

他産地との価格差の推定式をつくります。

ここは関心がなければ読み飛ばしてもらって結構です。まず、価格決定のモデル化ですが、逆需要関数として、(手前味噌で申し訳ありませんが)私の10年以上前の論文で定式化したものを使い、さらにこれを簡素化して、以下のような推定式としました。
\[dp_{t}=\alpha+\beta \ln(q_{1t}/q_{0t})+\gamma t+\varepsilon_{it} \]
$dp_{t}$は、被災5県産野菜の平均単価とそれ以外の産地の平均単価との差($dp_t=p_{1t}-p_{0t}$)で、添字の$t$は、年を表します。$q_{1t}$は、$t$年における被災5県の出荷量、$q_{0t}$は、$t$年における被災5県以外の出荷量、$\ln$は自然対数です。$\alpha, \beta, \gamma$は推定される定数です。$\varepsilon$は、価格変動のうち、これらで説明できない部分を表す、誤差項と呼ばれるもので、この部分が、前の年と関連が強かったり、年々大きくなったりというふうに、お行儀がよくないと、あんまりよい推定が得られないのですが、ここは理論的に(仮定を置いての話ですが)上手い具合に調整されています。

月別の推定です

推定は、月別に行いました。野菜は月に単位ぐらいで、ずいぶん品目も産地も変わってしまいますので、月ごとの分析が望ましいと思います。また、「風評」被害が月ごとにどういうふうに変化していったかも見たいというのもあります。それ以上細かいと、特殊な要因による価格変動を考慮する必要が出てきて、こんな単純なモデルでの推定は難しくなります。もっとも旬ごとのデータを使った月単位の分析というのが一番良さそうですが、旬別の卸売市場統計を入手するのは、農水省にお願いしてわざわざデータを作ってもらわなければならなず、不可能ではないですが、ちょっとたいへんです。

9年間9個のデータセットで推定しました

推定期間は、2002~2010年の9年間です。$dp_{t}$、$q_{1t}$、$q_{1t}$、それぞれ9個ずつのデータとタイムトレンド$t=1,…,9$を使って、$\alpha, \beta, \gamma$の値を推定します。その推定値と2011年($t=10$)における平均単価以外の変数、$dp_{10}$、$q_{1,10}$、$q_{1,10}$を使って、$\hat{dp}_10$を推定します。この推定値と実際の2011年の平均単価$dp_10$との差が、「風評」被害による平均単価の差であると考えられます。

推定期間が9年で、計測に利用できるデータセットが9個しかないというのは、統計的な分析には、いかにも少ないのですが、すぐに手に入るデータがこれだけだったというのと、あまり長くなっても、産地の品目構成や需要の非連続的な動きをモデルの中に組み込む必要があり、いたずらに長くする訳にはいかないからです。長くしてもせいぜいあと2~3年遡るのが限度かと思います。

野菜の総平均単価を5県まとめて推定しました

推定は、東京都卸売市場統計で「野菜」に分類されている全てのものの総取引数量と総平均単価を使いました。本当は、ひとまず品目毎に推定し、「風評」被害が出ている野菜と出ていない野菜に分けるべきでしょうが、野菜というのは、おそろしく品目数が多く、不可能ではないのですが、時間的・労力的に無理でした。葉茎菜類とかに分けることはできるでしょうが、葉茎菜には出荷停止となったホウレンソウやブロッコリーが含まれていますが、そうでないネギなどもあって、どこで区切るかは難しいです。また、被災5県をまとめて分析しました。県ごとの分析は、やろうと思えばいつでもできますが、まずは、品目・産地双方において、全体的な傾向を見ることにします。

MCMCで計算しました

計算方法は、OLSという手法が最も簡単で、今回使った推定モデルは、OLSで十分のはずなのですが、「風評」被害による平均単価の下落の予測値について、その分布を直接導けるというので、MCMC(Markov Chain Monte Carlo)という手法を使いました。結果的には両者ともほとんど差はありませんでしたが・・・。

推定結果

7月に終息に向かっていた風評被害は12月から再び強まった?

推定結果は分布でしかわかりません。モデルで説明できない部分を確率的にしか表現できないからです。結果は次の表です。

本当の下落値は、おそらく95%の確率で「95%下限」の値から「95%上限」の値の間に入っているはずです。3月だとkg当たり45円~25円が、「風評」による平均単価の下落として推定できて、幅はありますが、まず間違いなくマイナスです。一方、7月は、-24.2~13.9円/kgということなので、平均単価の下落の可能性は否定できないが、下落していない可能性も否定できないということになります。

「風評」被害による被災5県の平均単価下落の推計:2011年3~4月

月別に見ていきましょう。事故直後の3~4月です。3月は35円/kg前後の平均単価の下落が確認できます。4月の下落はさらにひどくなり、平均で65円/kgの下落、どんなに小さく見積もっても50円/kg近い下落が確認できます。これは4月に「風評」被害が悪化したというよりも、3月の場合、前半の影響はないので、平均単価にするとその影響が「薄まった」と考えた方がよいです。

「風評」被害による被災5県の平均単価下落の推計:2011年5~7月

5月の推定はだいぶ不安定で、推定値に94.2~4.2円/kgと、だいぶ幅ができます。おそらく、過去に何か特別な要因で価格変動をしており、モデルの説明力が少し弱いのだと思います。しかし、それでもなんらかの平均単価の下落はあったものと考えて、ほぼ間違いないはずです。6月は、18円/kg前後(30.3~5.7円/kg)の平均単価の下落が確認されます。しかし、3~4月に比べると、下落幅は小さくなっています。7月には明確な平均単価の下落は確認できなくなります。

「風評」被害による被災5県の平均単価下落の推計:2011年8~10月

8~10月は10~20円/kg程度の平均単価の下落の可能性を残しながらも、それほど明確な下落は確認できない状態となります。

「風評」被害による被災5県の平均単価下落の推計:2011年11月~2012年1月

その傾向は11月までは続き、このまま野菜の「風評」被害は終息するのかと思われましたが、12月に入り、再び、平均22.8円/kg前後(41.1~3.7円/kg)の平均単価の下落が見られるようになりました。この傾向は、年が明けた1月にさらに強まり、1月の平均単価の下落は29.7円/kg前後(50.5~8.2円/kg)の下落が確認されます。

これらの平均単価の下落を各月の出荷量に掛けると、「風評」被害の損害額が計算できます。2011年3月~2012年1月までの、東京都中央卸売市場出荷に限った被災5県の損害額は、最大266億円、どんなに少なくても8億円、平均で144億円という推計になります。

あくまで2011年限りの価格下落の推計で、あくまで平均で薄めた値です

推定結果を理解するにあたって、いくつかの留意点をあげておかなければなりません。まず、「『風評』被害による平均単価の下落」と言っていますが、あくまで、「例年ならこの水準だった平均単価」と実際の平均単価との差ですから、「風評」被害以外で、この5県の平均単価が下がった場合、それも含んでしまうことになります。確認していないので実情はわかりませんが、たとえば、単価の高い品目がこの寒さでやられてほとんど出荷できなくなったりしたら、当然平均単価は下がってしまいます。

また、あくまで「平均」単価ということです。「風評」被害の影響を受けた程度は、品目によって異なるはずです。ほとんど影響のない野菜もあるだろうし、致命的な単価の下落のあったものもあるかもしれません(これも未確認ですが)。また、同じ県でも、ほとんど影響のなかった地域もあっただろうし、大幅な単価の低下にみまわれた地域もあったはずです。「平均」単価というのは、そうした影響をぜんぶひっくるめて薄めたものですので、推計された下落値よりももっともっと大きな下落があった品目や地域があったはずであることを心に留めておいてください。

ちなみに、2011年3月~2012年1月まで東京都中央卸売市場に出荷された野菜についての平均損害額を県別に推計してみたところ、茨城県が94.2億円、千葉県が19.3億円、福島県が15.8億円、群馬県が7億円、栃木県が5.8億円となりました。茨城県の東京都中央卸売市場への出荷量は最も多く平均単価の下落も大きいので、そのダメージは相当なものです。また、平均単価の下落としては、福島県の下落が最も大きいです。

 

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