海外からの日本産食品への信頼は?–福島原発事故(3)

リスクコミュニケーションの学術的研究の立場から、福島原発事故の伴う”風評”被害について、解説と提言を行います。

福島原発に伴う日本産農産物に対する「風評」被害が海外にまで広がっています。米国は日本の規制に準じており、福島、茨城、栃木、群馬4県の乳製品や生鮮野菜、果物などの輸入を停止するに留まっていますが、EUは、福島県周辺の12県出荷された日本産の輸入食品・家畜飼料について、放射線検査を義務付け、EUの基準値を超えていないことを証明する日本政府の証明書の添付を義務付けました。中国はさらに厳しく、福島、茨城、栃木、群馬、千葉の5県で生産された乳製品や野菜、果物、水産品などの輸入を禁止した上に、各検疫機関はそれ以外の食品や5県以外で生産された食品についても放射線量の検査を強化するよう求めています。食品に限らず、イタリアで今治タオルが税関で放射線検査を要求されたり、中国では貨物機や貨物船から放射性物質が検出されたという理由で、足止めされたりしています。

日本産の食品は安全であるという信頼を得ていたようで、東南アジアなどでは、日本産の粉ミルクが入ってこないのではないかという懸念から、逆に買いだめが行われてるそうですが、今後とも放射性物質の流出が続くようであれば、日本産=放射線汚染というイメージがつきかねません。中国の人が日本産の果物をどうしても食べなければならない、ということもないだろうし、イタリアの人が、日本産の米を食べる必要もないでしょう。外国のことはよくわからないし、思い入れもさほどないので、無責任な事を言われかねません。私自身、ほんの2~3年前に「どこどこのナッツはチェルノブイリの近くだから、食べない方がよい」といった忠告を受けた経験があります。

やはり農産物の輸出は勧められません

農産物のマーケティングなど研究しているので、農産物の輸出について、たまに相談されるこがあります。ここのところ、日本の青果物や米などの品質の高さが海外で評価され、高価格で売られるといった事例が紹介されるようになりました。海外からの輸入品に押されっぱなしの日本農業は、品質向上や安全・安心の追求で日本の消費者の支持を得なければならないのですが、それだけでなく、それらを武器に、逆に海外に打って出ようというものです。明るく元気な話題としてマスコミなどもよく取り上げられます。それが、まるでこれからの日本農業の将来像のように語られることもあります。

輸出農産物のマーケティング技法は?と聞かれたら、私なりに答える準備はありますが、農産物輸出を推進すべきか?と聞かれたら、否定まではしませんが、消極的です。日本の農業は、日本の食料自給率を向上させるために、多額の税金がつぎ込まれているのに、なんで輸出なんだ、大義名分が立たないではないか、という理由もありますが、もうひとつの理由として、リスクの大きさがあります。二十世紀ナシのように、日本でのブランドの確立の上に、その余力で輸出するのはよいことかと思いますが、輸出に収益性の大半を依存すると、何かあった場合に、その打撃が大きすぎると思われます。それは日本でも同じことと言われるかもしれませんが、程度が全然違うはずです。今回の福島中心の4県の野菜や乳製品については、大きな打撃がありました。しかし、放射性物質の流出が食い止められれば、そのうち、信頼は回復するでしょう。生産物や土壌の検査が繰り返され、2年かかるか5年かかるかはわかりませんが、日本人は日本の野菜の安全性を信じたいと思うようになるはずです。今でも「我々が売らなくなれば、安全だと思う人は誰もいなくなる」と言って、なかなか売れない茨城の規制対象外の野菜を店頭に並べ続ける八百屋のご主人もいます。

しかし、外国産に対してはどうでしょうか?中国産野菜の残留農薬の問題や、餃子事件は、ほんの一地域、あるいは一企業で発覚したことでしたが、それをもって、中国産農産物・食品全体への信頼は低下しました。それは中国における農産物や食品の安全性管理のずさんさのひとつの現れとして理解されてしまったからです。実際はどうか知らないにもかかわらず・・・。しかも、低下した信頼はなかなか回復しません。中国産農産物・食品の安全性の管理が今どうなっているか、ほとんどの日本人が知らないと思います。調べようとも思っていないはずです。

食べ物の安全性は、結局は作る人に対する信頼です。安全性管理や生産履歴をいくら強調しても、事故やごまかしを排除できません。それを確認することもできません。人に対する信頼は、その人の顔が見えて、コミュニケーションが可能でないと難しいもでしょう。なにかの事故があったとしても、国内であれば、その地域の農家の苦悩がマスコミで流され、信頼回復のために、現在どんな取り組みをしているかも伝わりやすいでしょう。しかし、チェルノブイリの近く(といってもかなり遠いですが)のナッツ農家の苦悩が伝えられることはありません。中国の食品工場の努力が紹介されることも稀です。外国産農産物と自国産農産物の間には、明らかな隔たりがあるのです。

それでも情報発信は大事です

それでも、日本は世界に対する信頼回復を図らなければなりません。まずは、原発からの放射性物質の流出を食い止めてもらわなければどうしようもないのですが、その上で、積極的な情報発信をしていかなければなりません。中国の上空で放射性物質が見つかった、ドイツでも、...と、その拡散が報道される中で、日本中が汚染されているといった印象を受けている外国人は多くいるはずです。関西に移動してくるならまだしも、国外退出が続いているそうです。

リスクプレミアムという言葉があります。情報が曖昧であればあるほど、人はできるだけ安全な方を選択しようとします。こんな時にクジを例えにするのは不謹慎なのですが、理解しやすい例としてしばしば挙げられるのが、確実に1万円もらえるのと、確率2分の1で2万円もらえるか全くもらえないかのクジを引くのではどちらがいいですか?という問題です。金銭的に余裕がある状態ではなく、今手元に一銭もなく、非常に困っている状態を考えてください。期待値で言うとどちらも1万円です。ですが、ほとんどの人が確実に1万円もらえる方を選ぶはずです。それでは確率2分の1で6万円がもらえるクジだったらどうでしょうか?期待値は3万円に上がりますが、全くもらえない可能性も半々あります。こうなると、人によっては、どちらともいえない、つまりどっちでもよいという人もいることでしょう。そういう人にとって、この2万円の差額はリスクプレミアムとなります。2万円足さなければ、不確実性は受け入れがたいということだし、逆に、確実ならば2万円少なくてもよいということを意味します。いいや、期待値が2万円も上がるなら、断然こっちの方がよいという人も出てくるかもしれません。いやいや、それでも確実に1万円もらえた方がよいという人もいるかもしれません。それは人によりますが、リスクを怖がらない人ほどリスクプレミアムは小さくなり、リスクを恐れる人ほど大きくなります。また、もらえない確率が2分の1ではなく、1000分の1だとしたら、リスクプレミアムはたとえば1千円ぐらいという人もいるでしょう。

放射性物質に汚染されている可能性が高いと思うほど、人は必要とされるよりも、より慎重な行動をとるはずです。ただし、このときの「可能性」は主観的です。情報が足りない場合は主観的にならざるを得ません。情報の信頼性が低い場合も同じ事です。できるだけ信頼できる情報を提供することで、極端に慎重な行動は押さえられます。

GISはもっと活躍しないのか?

地理情報システム(GIS)というのがあります。地図に等高線書いたり道路地図を重ねたりするだけでなく、データさえあれば、汚染マップの作成なんかもちょちょいとやってしましいます。「どことかはどうだ」といった、いわゆる属地データを視覚化するコンピュータシステムです。私自身はやっていないのですが、周囲にはこれを扱う研究者がたくさんいます。やれシステムが云十万円、データ1セットが云十万円とかかり、これをやる学生やスタッフがいると、結構研究費を吸い取られます。流行の3D描画なんかもやられていて、素人にも空間的な理解がしやすいような図が描けます。衛星や航空機などを使ったリモートセンシングというので、データを作成し、それと組み合わせるともっといろいろできるようです。

しかし、今回の震災に関して、なかなかそうした画像が出てきません。震災直後も、どこがどうなっているのか、全体像がなかなかわかりませんでした。放射性物質の流出に関する情報も、どうも手書き的な感じです。空気の流れや放射性物質の測定結果を組み合わせて、素人目にも「深刻な影響は、この範囲でとどまりそうだな」と納得できるような画像を是非早急に出してほしいものです。それは憶測を阻み、極端なリスク回避行動を押さえ、長期的には日本製品への信頼回復を早めることにつながると思います。

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