暫定基準維持:政府発表を添削する–福島原発事故(4)

リスクコミュニケーションの学術的研究の立場から、福島原発事故の伴う”風評”被害について、解説と提言を行います。

昨日4月4日、枝野官房長官が記者会見を開き、放射性物質汚染に伴う食品の出荷規制の変更について説明がありました。これによると、以前報道された例の「暫定基準」を見直すという方針は撤回され、そのまま暫定基準を継続するということになりました。「農業者の皆さんからは規制値を緩めてもらえないかという声、意見もございましたが、逆にしっかりと厳しい規制値の数字でございますが、よりきめの細かい指定や解除をしっかりと行なうことで、逆に指定を受けていない農作物については安全であるということを消費者の皆さんに感じていただき、風評被害を無くしていくということが重要ではないか」という意図だそうです。しかし、同時に、規制対象地域を県単位から市町村別にする、週1回の検査を3回パスした場合には、規制を解除するなどの措置もとられました。

消費者の安全性を確保する
→でも、生産者は出荷規制であえいでいる
→かといって、基準をゆるめると余計に風評被害が広がるので基準はゆるめられない
→運用で対応しましょう
といった流れで、「最初の消費者の安全性を確保」するが「生産者の不満に配慮した形(日経新聞4月5日)」で緩和されたことになってしまいました・・・。

なぜ、「暫定基準は、急を要するということで、とりあえず、これ以上ないというぐらい低いレベルにつくったものです。科学的根拠を吟味せずにびびりまくってつくったものでしたので、食品安全委員会に諮問して、科学的にちゃんとした規制水準を提示してもらいました。その結果、xxx mSVということになりましたので、これに応じて、正式な出荷制限と摂取制限を定めました」といったような説明はできなかったのでしょうか?

以下枝野官房長官の会見の内容を全文添削してみましょう。

まず、食品についての規制についてでございます。まず、この食品の出荷制限、摂取制限の判断をするための暫定規制値について、緩めるべきではないか、あるいは緩めて欲しいという声もございました。厚生労働省の方で、食品安全委員会、原子力安全委員会等の専門家の方々の検討を踏まえて、これを変更することなく用いることとするということを決定をいたしました。

なぜここで「科学」を前面に出さないのでしょうか。厚生労働省と食品安全委員会と原子力安全委員会がどう関連しているのかわかりません。せっかく、リスク評価機関があるのに、その役割を曖昧となっています。以下でどうでしょうか?

「リスク評価機関である食品安全委員会に諮問した結果、暫定基準は「科学」的にあまりに厳しすぎる、妥当な水準としてxxx~xxx mSvであるという報告を受けました。しかし、消費者の皆さんの不安を考え、「科学」的にあまりに厳しすぎる水準かもしれませんが、当面の間は、現行の暫定基準を維持するといった「政治」的な判断をいたしました。」

また、「緩めて欲しいという声もございました。」という表現も不適切です。政策決定プロセスに、農家の声が強く反映するかもしれないという印象をあえています。

 当然のことながら、原子力災害対策本部としても、この間、厚生労働省から適宜報告を受けながら進めてきているところでございます。消費者の皆さんの安全についてご指摘な数字はありますけれども、まさに安全をしっかり確保するという観点から、この暫定規制値を見直すということは、現時点では行なわないという結論を厚生労働省の方で出しました。この検討と同時に、出荷制限等の発動と解除の考え方につき、原子力安全委員会にも助言を求め、再整理を行ないました。

これもなんで「結論を厚生労働省の方で出しました。」ということになるのでしょうか?
安全を確保するという科学的判断
→それをふまえて安心を与える政治的判断
という流れにすべきです。厚生労働省は、その指示に従い、モニタリングを行い、出荷制限の発動または解除を行う、いわゆるリスク管理機関のはずです。政治主導を掲げる民主党が・・・残念です。

 後ほど資料をお配りをするとともに、農林水産省、厚生労働省等からも詳細、ご報告を後ほどいただきますが、二つのことを決定をいたしました。原子力災害対策本部長としての菅総理の下で、二つのことを決定をいたしました。一つは、出荷制限の設定解除の対象範囲、対象区域についてでございます。この間、さまざまな検討、モニタリングの数字等もかなり集まって来ておりますことから、汚染区域の広がりや、集荷実態等を踏まえ、市町村単位など、県を分割した区域毎に設定、解除を行なうことも可能とすることといたしました。

ここは、政治家による決定なんですね(?)なぜ、規制単位を分割するかの説明も行われており、それでよろしいかと思います。ただ、「モニタリングの数字等もかなり集まって来ておりますことから」で、それが伝わったかどうかがやや怪しまれます。「規制単位を分割するのに十分なモニタリング結果が得られるようになったため」と明言した方がよかったかもしれません。

 次に出荷制限の解除については、原子力発電所の状況を勘案をしつつ1週間毎に検査を行ない、3回連続で暫定規制値を下回った品目、区域に対して出荷制限の解除をするという原則を決めました。なお、この解除をする場合であっても、原子力発電所からの放射性物質の放出が継続している間は解除後も引き続き、1週間毎に検査を実施することを条件といたしております。

残念ながら、ここはなぜそう判断したの説明がありません。少なくとも、一旦基準値を上回ったのに、規制が解除されることはどういうことか、解除されたものは安全なのかについての「科学」的な説明は不可欠だったと思います。私自身もよくわかりませんので、適切な代案は出せませんし、消費者としても「もう安全ですよ」と言われても、食べるのはなかなか勇気のいることのように思われます。

 なお、こうした考え方に基づき、3月25日から3月31日の間に暫定規制値を上回る野菜が検出をされたことに基づき、原子力災害対策特別措置法第20条第3項に基づき、次の市町村の野菜について、当分の間、出荷を差し控えるよう千葉県知事に指示をいたしました。一つは千葉県香取市及び多古町におけるホウレンソウ、もう一つは千葉県旭市において採取されたホウレンソウ、チンゲンサイ、シュンギク、サンチュ、セロリ、パセリでございます。これらの地域と品目について、今回定めました市町村単位などの、区域毎の指定を可能とするというルールに基づきまして、出荷制限の指示を、千葉県知事に対して指示をしたところでございます。

 農業者の皆さんからは規制値を緩めてもらえないかという声、意見もございましたが、逆にしっかりと厳しい規制値の数字でございますが、よりきめの細かい指定や解除をしっかりと行なうことで、逆に指定を受けていない農作物については安全であるということを消費者の皆さんに感じていただき、風評被害を無くしていくということが重要ではないかというふうに考えております。

ここも生産者に配慮した政策を印象づける表現になってしまっています。あくまで政府は消費者の安全を最優先する立場で無ければなりません。結果的に、それが風評被害を防いで生産者のためにもなるはずです。しかし、それを理由にしてはいけません。以下のように言うべきかと思います。
「「科学」的な判断からすれば、不必要なほど厳しい規制水準でありまして、農家の皆さんには納得しがたい苦労をおかけする形となりますが、消費者の皆さんの不安をすこしでも取り除くために、この厳しすぎる基準を維持することといたしました。どうかその点、ご理解いただき、ご辛抱いただきますようお願いします。」
まぁ、そうなると、「政府は農家を見捨てた」的な批判が出るでしょうから、「そのために生じた不利益は、政府としてもできる限り補償していくつもりです」的な発言があればベターなのですが、そういうのは今は不用意に言えないのでしょうね。せめて「中長期的に見れば、消費者の安心を優先することが、結局農家のためにもなると信じております。」的な発言となることでしょう。

 今後、更にきめ細かく出荷規制の必要性のある部分については、監視と規制を行なってまいりますので、是非それ以外のものについては、規制値を上回っていないということでありますので、しかも相当安全性を厳しく考慮した規制値を、上回っていないということでございますので、是非、単に産地の都道府県等に基づいて風評に基づく対応が無いよう、冷静な対応をお願いできればというふうに思っております。

こうなると、次はリスク管理の徹底が問題となります。県単位から市町村単位へ出荷規制が細かくなる、つまり運用が複雑になると、事故が起きやすくなります。消費者はそうしたことは直感的に判断します。農業サイドの倫理と管理能力が再び問われる時です。たとえ一戸の農家でも、規制対象地域で生産しておきながら、対象外の隣町に出荷しているようなことがあったら、消費者の信頼は総崩れするでしょう。政府としても、そうしたことが起きないような補償体制を整えるとか、監視や規制を強化する等の措置が必要となります。そうなると、上の説明はあまりに心許ないです。畑でサンプル調査を繰り返しますが、後は「きっと大丈夫だよ」ということでしょうか?

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