新型コロナワクチン:NHK「 フェイクバスターズ」 を見て

ワクチンを打つべきか,打たざるべきか

NHK「フェイク・バスターズ 新型コロナワクチンと誤情報」

新型コロナワクチン接種のリスクをめぐって人々の間で認識の差が生じています.政府は積極的なワクチン接種を呼びかけていますが,副反応をおそれて接種を避けている人もいます.ワクチンを打つ・打たないで世の中が二分したような印象です.

ワクチンを打たない人の理由としては,接種後の長期的なリスクを不安視したものが主なようです.ネットを覗くと,ちょっと首をかしげるようなものも含めて,様々な意見や情報が飛び交っています.

そんな折の8月10日,NHK総合テレビが「フェイク・バスターズ 新型コロナワクチンと誤情報」という番組をやっているのを見ました(特集サイト).どうやってワクチンに関する誤情報(いわゆる「デマ」)が発生し,拡散するのか,そうした情報に惑わされないにはどうしたらよいのか,という特集でした.

多くの人がインターネット,SNSで,素性のよくわからない人の情報に右往左往している中,「NHK」という看板を背負って,ワクチンにまつわる科学的根拠のない風説を「誤情報」として取り上げることの意義は高く評価したいです.ただ,この番組を見ていて「あれっ?」と思ったこともいくつかありましたので,少し記しておきます.

私はワクチンについて無知でやや楽観的な一般市民です

その前に,私の新型コロナワクチンのリスクに対する個人的な理解を示しておいた方が賢明かと思います.私は,酒飲みの中年男性なので,コロナに罹ったら危ないと思っています.なので,ワクチン接種は受けました.ちょうどこの放送があった8月10日に2回目の接種を受けたところです.1回目の接種後は,1週間ほど倦怠感と頭痛に悩まされ仕事になりませんでしたが,2回目は,1日ちょっとでだいたい復活出来ました.

私は,医学の専門家ではなく,むしろ,このワクチンがどうやって新型コロナウイルスに効くのか,どんなリスクがあるのかどうかすらよく理解してません.ワクチンの安全性を確信しているわけではなく,「こんなきついワクチン打って,ほんまにだいじょうぶかいな?5年後,10年後,打った人はみんなこんなことに…なんてことないだろうな?」という不安はどこかにあります.自分はいいけど,子供に打つのは本当に大丈夫なんだろうかとも思います.でも,まあ,世界中でも日本でも,こんなにたくさんの人が打っていて,ごく一部を除いた全ての人がだいじょうぶなのだから,たぶん大丈夫だろうと思っています.おそらく,大半の人と同じような知識で,同じような認識なのではないでしょうか.

そのような状態で,今回のワクチンをめぐるリスクコミュニケーションについては,研究対象としては全く手出ししていなくて,あくまで,たまたま見たテレビ番組の感想を立ち話としてしているということを,はじめにおことわりしておきます.

ワクチンを打つリスク

ワクチンを怖がる妻の話

ということで,NHKの番組について.番組は,妻が「ワクチンは危険」という誤情報を信じてしまった夫の話から始まります.妻は、ネットにあがっていた情報を真に受け,ワクチンを打つと危険で,打った人の周りの人にもその危険が及ぶと主張し,自分にもワクチンは打つな,打ったら離婚だと言います.年老いた両親にもワクチン打ったら二度と合わないとまで.夫は説得しますが,妻は聞く耳を持たない,と.

それでも,5年後,10年後はわからない

この程度の主張なら,私でも「それはないだろう」と思います.しかし,5年後,10年後,今の子供たちに何も影響しないかどうかは検証されていないわけなので,誰も確実なことは言えません.そこに,やれ不妊になるとか,果ては死ぬとか,不安を煽りたい人のつけ入るスキがあるわけです.しかし,長期的に安全とはいえないと同じように,具体的なリスクも特定はできないはずです.検証されていないから確実なことは言えるはずがありません.今回のワクチンは,mRNA という遺伝子情報を注射する方法なので,「不妊説」はこのあたりの連想からきているのだとと思います.悪質なのは,不安を煽りたいがゆえに,それにもっともらしい理由をつけて吹聴することです.「ファイザー社の社長がそう言っていた」なんて怪しげな情報を流すなどはもってのほかです.それを信じていたずらに他人を不安にしたり,ワクチン接種を避けたことで,感染してしまって死に至るなんてことがあったら,それは許されることではありません.

そんな話は信じていなくても,この出来たてのワクチンを打つのは「なんとなく」不安な人は多いはずです.具体的なリスクが特定できないかもしれないけど,想定外のリスクが無いとは言い切れません.それも,また事実なのです.

NHKの主張に「誤情報」の支持者は納得できないかも?

それでも私たちは,未知のリスクをおそれながらも現在最善と思われる方法を選択していかなければなりません.錯綜する情報の中で,確実性の高い情報を選び取らなければなりません.NHKの番組も目指すところはそこだったと思います.
ただし,NHKの番組作成の立ち位置は,「正しい情報」と「誤情報」があって,「誤情報」に惑わされないようにするにはどうしたらよいか,というものでした.「確かにそうだ」と思う話も多々ありましたが,これでは,「誤情報」を支持する人は納得できないだろうというものもありました.実際,この番組に対するツイッターの反応を読んでみたところ,納得できないとのツイートが散見されました.件の妻を説得した夫の話からの教訓は,相手の主張を頭ごなしに否定しない,というもので,まるで怪しげな新興宗教に洗脳された人を連れ戻すときの話のようでした.

私たちは,BSE騒動から始まって,福島原発の事故を経て,これまでも数々のリスクをめぐる社会的分断を経験してきました.そこで学んだことは,相手は「科学的に無知だから」とか「不合理だかから」と決めつけずに,まずは相手の理解と懸念を知ることから始めるべきだということでした.まず,「誤情報」を支持する人の立場に立って,そうした人は,リスクをどう理解しているのか,なぜそれを支持するのか,その理由を知ることなのです.おそらくNHKは,「誤情報」を信じる人は,ネット上の多くの人が「ワクチンは危険」と言っているので信じてしまうという仮説に立っているのだと思います.以下,「誤情報」を支持する人の立場に立って,NHKの主張を見てみましょう.

少数の怪しい人が情報を発信し,怪しい人たちが拡散している?

NHKは,ツイッターで「ワクチン」と「不妊」という言葉が含まれるツイートおよびリツイート約20万件の投稿を分析したところ,その約4割が「上位20の発信者」の投稿だったと報じています.さらに,ごく一部の医療関係者には,国や学会の専門家たちが否定している科学的根拠のない情報を,SNSやブログで発信している者もいる,と.

そうした情報を拡散している人たちの間には,ふだんから怪しい話をSNSで投稿している人たちのグループ,例えば,アメリカ大統領選陰謀論,日本の外交や安全保障をめぐる話題,「集団ストーカー」や「電磁波」などの犯罪や疑似科学についての話題を投稿していたりするグループなどが確認できた,としています。

そうした「誤情報」に惑わされないためにはどうしたらよいか,ということで,あるお医者さんの言葉「特定の医師が発信する情報だけに注目するのではなく、多くの専門家が同じことを言っている部分、“最大公約数”を見つけることが重要だと思います。それが、いま最も“科学的根拠がある”と言える情報であり、その最たるものが、学会など公的機関が発表している情報です」を紹介しています.

要するに,SNS上で多くの人がワクチンのリスクを訴えているように見えるが,その情報源はごく少数の怪しい人たちであることを認識してほしいということです.しかし,その怪しい情報を支持している人にとっては,その情報源が少数か多数かはあまり関係のないことではないでしょうか? こちら側から見れば「怪しい」かもしれませんが,あちら側から見ればこちら側が「気づいていない」「わかっていない」のかもしれません.

少数だから誤っているとは限らない?

少数派だから,異端だから,政府が否定しているから,といった理由でそれが誤っているとは限りません.むしろ,そうした情報に真実がある場合もあります.例えば,中国のお医者さん李文亮さんは,2019年12月に中国・武漢で原因不明の肺炎が広がっている,SARSに似た病気が市内で広がっていると警告したのですが、警察から「虚偽の発言」を広めていると処分され、自らも新型コロナウイルスに感染して亡くなられました.(BBC

私たちが今頼るべきは「科学的根拠」であることは間違いないと思います.しかし,私たちは,幾度となく科学に裏切られてきた経験を持っています.自分の身を守るためには,自分の子供の将来のためには,科学的根拠だけに全幅の信頼は置くことができません.「あの時は安全とされていたが実は違った」「想定外の事故だった」では済まされないのです.少数だろうと,異端だろうと,あらゆる可能性を考えようとします.だから,「誤情報」を誤っていると主張するには,言っている人が少数であるとか怪しいとかではなく,その情報の根拠や認識をしっかり理解し,それがおかしいなら根気よく反論していくことが大事なのだと思います.NHKの「誤情報」という扱いには,どうもそこが抜けていたように思います.

賛成と反対が分断されたSNS?

NHKは,ツイッターをさらに分析して,自分と同じ意見を持つ人どうしがつながり、異なる意見の人らと分断が生じていることを指摘しています.同様の分析は,原発事故直後に,福島県産農産物の安全性についてのツイートについても行われました.事故後の福島県産農産物のリスクを主張するグループと,福島県産農産物は安全だとして応援するグループがそれぞれ集まり,たまに別のグループでツイートすると袋叩きにあって退散するという結果だったと記憶しています.(岡崎ほか, 2013)

自分の理解や考えを代弁してくれるツイートや記事は読んでいて心地よいものです.しかし,自分の理解を高めるためには,自分と違う意見にも耳を傾けましょう,ということです.これはこれで間違っていないし,むしろこの辺りを掘り下げるべきではないかというのが最近の我々の意見です.

インターネットにより,(この記事もそうですが)様々な人が様々な立場で情報発信できるようになりました.それらには,正しいことも誤ったこともあります.多様な情報が得られることはありがたいことですが,中には真逆の情報もあります.マスメディアなどは,一方でオリンピック開催に反対しながら,一方でオリンピック称賛をしている,矛盾しているではないかといった批判があります.しかし,ネットの世界ではそんなレベルではありません.ブログなどは,ほとんどが言いっぱなしだし(この記事もそうですが),意見交換ができるツイッターですら,同じ意見どうしでしか集まらないのであれば,一方の意見しか目にとまりません.よしんば両方の意見に触れる機会があったとしても,それらはうまくかみ合っていなかったり,どの情報を信じていいのかわからないこともしばしばです.情報リテラシーと言いますが,個人で対応できる範囲には限界があります.

バーチャル討論:誰かネット上の意見を戦わせてくれませんか?

福島原発事故の後,日本の一般食品の安全性基準が1キロ当たり100ベクレルに設定されました.これに対して,当時ある政治家がこの基準が放射性廃棄物と同等であり,そんなものを子供に食べさせていいのかといった言い方で問題提起をしました.これに対して,直感的,感覚的理解を逆手にとって無用に不安を煽るものだという批判がありました.件の政治家に直接反論した人もいたかもしれません.しかし,そうした反論が,食品に不安を抱いた消費者に届いたかどうかは別です.この政治家の言うことだけを聞いて,不安に苛まれた人がいたはずです.

そうした意味では,現ワクチン担当大臣がテレビの記者会見で,「ワクチン接種された実験用のネズミが2年で全て死んだ」という情報を「デマ」として,「実験用のネズミの寿命がそもそも2年程度ですから、ワクチンを接種した人間が100年で全て死んだといっているのに等しい」と説明しましたが,ネズミの寿命を知らなかった人にとっては,疑念をはらすよい反論だと思いました.デマをデマとして取り上げ,このように真っ向から反論してくれれば,私たち惑わされずに済みます.

ネット上に分散された多様な情報を逐一つき合わせてみると,専門知識がなくても真実の輪郭が見えきます.皆さんがネットショッピングでありとあらゆる口コミをつき合わせているように.ある意見,それに対する反論,反論に対する反論,それらをつなぎ合わせる作業を行うわけです.それによって,必ず正解が見つかるというわけではありません.しかし,「これ以上は結局誰もわからないんだ」とか,「これ以上は価値観の問題だ」といった科学的知見の限界や意見が対立する構図が見えてきます.それを知ったうえでの選択は,ずいぶん無駄な迷いがなくて済むとは思いませんか.

ただし,ネット上に分散された情報をかき集め,つなぎ合わせる作業は膨大です.それなりの知識も必要になります.誰かにインタビューすればよい,論文データベースを探せばよいといったものではなく,ネット記事,会議のの議事録などをあらゆところに分散しています.どんな主張があるか,荒唐無稽な主張も含めて探し出し,それに対する反論があればそれも探し,さらにそれに対する反論も探して,かみ合わない議論をかみあわせ,つなぎ合わせる作業が必要です.じつは当研究室の卒業生で修士論文として,先ほどの食品中の放射性物質にかかわる基準値の設定について,こうしたバーチャル討論をやった学生がいます.学生によるとこの作業,「骨の髄までしんどかった」そうです.こういうのをNHKはじめマスコミがやってくれるといいのですが,ちょっと無理でしょうね.有志が集まり,それを専門にやるNPOでも立ち上げるしかないのでしょうか.

それで,ワクチンの安全性についてはどうなのだ?

ワクチンが長期的に安全かどうか,たぶん,誰も確信して言えないだろうと思います.だって,まだできたばかりですから.「不妊説」について,NHKは,厚生労働省がホームページで紹介している2種類の根拠をあげています.

ひとつは,科学的根拠として,新型コロナワクチンには、排卵や妊娠に直接作用するホルモンは含まれていないこと,卵巣や子宮に影響を与えることが知られている化学物質も含まれていないことなどを紹介しています.

そう聞くと,ちょっと安心しますが,これには反論も可能です.めぐりめぐって間接的な影響が出たり,影響が知られていないだけで実際には影響する化学物質はないのか,という懸念です.これについて,誰かがどこかで何かを答えているかもしれませんが,私は不勉強で見つけていません.

また,アメリカの研究チームの疫学調査の結果が併せて紹介されています.実際にワクチンを接種した妊婦のその後を調査したところ、「ワクチンを接種した人の流産率」が「自然に発生する流産率」を上回ることはなく、ワクチンが妊娠に与える好ましくない影響は確認されなかったようです.

私のように中途半端にしか科学的理解ができない人間にとっては,こうした疫学調査の結果は説得力があります.だって,実際にどうだったか,ということですから.私が「まあ大丈夫だろう」と思った根拠も,すでに多数の人がワクチン接種を終え,重篤な副反応がごくまれにしか報告されていなかったからです.8月20日現在,世界で19憶人,日本でも5千万人がワクチン接種を済ませていますが,妊娠・出産に関わる副反応の実例を少なくとも私は知りません.全くの素人の考えですが,これだけ多くの人の中にはきわめて敏感な人もいると思います.5年後,10年後に多くの人に影響が出るようなきついワクチンであれば,そうした人には短期的になんらかの反応があるのではなかろうか,と思うわけです.もちろん,何の根拠もない考えです.「いや,こんな事例がある」という指摘があれば,ぜひ知りたいです.敏感だろうとなかろうと,原理的に長期にしか作用しないリスクもあるかもしれません.さらに,そうした指摘への反論もあれば,真相の輪郭はよりはっきりしてくる気がします.つまり,そういうことです.

ワクチンを打たないリスク

こちらの方が大きい理由では?

要するに,ワクチン接種のリスクはゼロではないが,特定のリスクが見つかっているわけでもない.ごく一部の事例を除いて,リスクが顕在化しているわけでもない.でもやはり実際にワクチンを受ける側から言うと,未知の不安は残るというものです.

しかし,ワクチンを接種しないリスクというのもあります.感染するリスク,感染し重症化するリスク,後遺症が残るリスクです.テレビなどで街頭インタビューを聞いていると,どうもこのリスク認知の違いで,ワクチンを打つ・打たないで分かれているような印象なのです.

人々のコロナとの間合い?

感染が拡大しているとはいえ,私が住む京都市では2021年8月現在,これまでコロナに感染した人は100人に1人程度です.この割合を多いと見るか少ないと見るかは微妙ですが,少なくとも100人のうち99人は,この長いコロナ禍の間,一度も感染していません.これまでの対策をしている限り大丈夫ではないか,という間合いのようなものを会得した気になっているのではないでしょうか? 緊急事態宣言下で街に人出が減らないことを「自粛疲れ」と言っていますが,私などはこちらの理由の方が大きいのではと思っています.

「コロナは怖くない」「コロナは風邪だ」なんて表立って言う人やそれを信じる人はだいぶ減ったような気がしますが,個人個人がもつこの「大丈夫ではないか」に反論するのは,それぞれ間合いが違うので厄介かもしれません.

今回は,さすがにワクチンを打たないリスクの方が大きそうですけど

感染が拡大しているということは,潜在的感染者と遭遇する確率が高まっていること,デルタ株,ラムダ株と,次々と新たな変異株が出現する中で,若者にも重症化リスクが高まっていること,つまり,これまでと状況は変わってきていて,私には,現状でワクチンを接種しないリスクの方がはるかに大きく感じますが,どうなのでしょうか?

下の山中先生の情報を見る限り,少なくとも妊婦さんはワクチン接種した方がよいように思えます.NHKも,特集サイトで,あるかどうかわからないワクチンの副反応におびえるよりも,重症化してECMOにつながれることを恐れた妊婦さんの例を紹介しています.

京大の山中伸弥先生が,アメリカで新型コロナワクチンを接種した人の中で接種前後で妊娠していた約4,000人の女性を対象とした調査結果を紹介されています.結局調査期間中に827人が無事出産または残念ながら流産しましたが,その流産率,早産率等を調べても異常は確認できなかったようです.一方で,別の研究では,コロナに感染した妊婦さんの場合,早産が約1.8倍、死産が約2倍、それぞれのリスクが増大しています。また妊婦さんでICUに入るリスクは4.8倍、新生児のNICUへの入院リスクが3.7倍増加してることも紹介されています.

今回のNHKの特集は,パンデミック下の「誤情報」に翻弄されない情報リテラシーを養う,という趣旨で見るべきでしょう.多くの人が人が言っているから真実とは限らないと思いましょう.自分の情報は「タコつぼ化」していないか考えよう,ということですね.次は,リスクコミュニケーションとして,是非この「ワクチン打たないリスク」をしっかり伝える特集をくんでくれたらよいのにと思うわけです.

ちなみに,うちの妻は,あれだけ迷っていた娘のワクチン接種を,今朝テレビで放送していた少女のコロナ感染に苦しむ映像を見たところ,一発で打つことに決めました.

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