輸入される水:仮想水

水不足の危機

世界的には水不足は深刻な問題です。このまま放っておくと,2050年にまでに水需要は55%増加と予測されていて,清浄な水にアクセスできない人口の増加が危惧されています。1 地球は3分の2が水で覆われていますが,地表水と言われる河川や湖などにある淡水はそのうちの0.008%の10.5万平方キロメートルとその2倍の量の地下水だけなのだそうです。地球の水の97.5%が海水であり,残りの2.5%淡水の68.7%は南極や氷河で凍っています。そうした利用可能な淡水は,生活用水や工業用水としても使われていますが,灌漑を中心とした農業用水としての利用がほとんどです。人口の増加は,食糧需要を増やし,一層の水需要が予測されています。2

Ogalala 帯水層

とはいえ,我々日本人にとっては,洪水などの被害こそ心配されますが,夏場の渇水など,一時的なものを除くと,水不足はそれほど大きな問題ではないようにも思えます。水というのは気候変動や大気汚染などの問題と違って,一見局地的です。しかし,日本は世界中から食料や飼料を輸入しているので,仮想水 virtual water の輸入という形で,世界の水資源の枯渇に大きくかかわっています。

例えば,アメリカ中部にはOgallala 帯水層という地下水層があります。45万平方キロメートル(日本の国土の2倍)という広大な地下水層で(Wikiペディア),アメリカの穀倉地帯の水源となっています。この地域の灌漑は,センターピボットと呼ばれる方式で,数百メートルにおよぶ自走式の散水管(スプリンクラーと呼んでいいのか?)を回して行われるので,灌漑された場所は円形となります。google map か何かでカンザス州やネブラスカ州,コロラド州あたりを見てみてください。この円形の農場が無数に広がっているのが見えるはずです。

Agricultural land in Kansas
Ogallala帯水層からくみ上げられた地下水はスプリンクラーで円形状に散水される

この農場のいずれもが,Ogallala帯水層から地下水を汲み上げて灌漑をしています。氷河期に蓄えられたと言われるこの地下水層は,大きな涵養源を持たないため,一方的な汲み上げが地下水位の低下を招いています。日本は,この穀倉地帯から多くのトウモロコシを輸入しています。畜産の飼料としてです。日本は,Ogallala帯水層を消費しているわけです。

輸入飼料に依存した日本の畜産

日本の畜産は,その飼料の多くをアメリカからの輸入に頼っています。平成31年,全国で250万頭の肉用牛が飼われています。乳用牛は133万頭です。牛は反芻動物で,牧草や稲わらなどを食べます。これを粗飼料と言います。しかし,日本の牛は,トウモロコシなども食べます。他にも一部大豆油粕や麦なども与えられます。これを濃厚飼料と言います。粗飼料だけでは,肉への脂肪の交雑(いわゆるサシの入り)が悪かったり,牛乳の乳脂肪率が低くなったりしてしまうからです。

日本の畜産は,戦後農政における選択的拡大で全国的に振興が図られました。農業所得を勤労者世帯と同程度にしようという掛け声の下,需要拡大が期待された柑橘の作付けが増大し,畜産への特化と規模拡大が図られました。しかし,この拡大政策は1970年代に行き詰まりを見せます。柑橘の生産過剰が問題となり,大幅な減反が始まります。同時にアメリカとの貿易摩擦において,牛肉・オレンジの輸入自由化圧力が強まります。「いい加減にしろ」的な筵(むしろ)旗抗議もありましたが,その一方で,日本の畜産は生き残りをかけた努力を続けました。肉用牛部門は,和牛の生産に力を入れ,いまや世界から注目される肉質を作り上げました。

しかしながら,脂肪交雑(サシ)重視の肉用牛飼養は,濃厚飼料への依存度を高めます。肉牛肥育の粗飼料給与率は,わずか12%です(平成29年)。3 農水省は,飼料用のコメや麦の生産を振興するなど,飼料自給率の向上を測ってはいますが,濃厚飼料の9割が輸入であり,26%と言われる飼料自給率の低迷と,結果としてカロリー自給率の低下を招いています。

仮想水

最近,街を歩くと,やたらとステーキとか肉!という文字が目に入ります。外国人観光客の増加もあるでしょうが,低価格で焼き肉やステーキを提供するお店も増えました。ステーキの立ち食いすらある時代です。日本の牛肉はおいしいですが,仮想水という形でずいぶん水も消費していることも意識しましょう。

日本人の1日あたりの水の使用量は,だいたい250リットル/人・日です(2016年,国土交通省)。それに対して,食べ物に使われた水の量は,1500~3000リットルと言われます。

環境省がネット上で仮想水計算機というのを提供してくれています。これで計算してみましょう。朝ごはんにパンと目玉焼きと牛乳1杯,昼にうどん食べて,夜はとんかつとキャベツとごはん1杯というところで,仮想水はだいたい1500リットルのようです。これに対して,牛肉200g食べてみました。それだけで4200リットルです。しかも,日本の畜産の現状からして,その大半が輸入された仮想水ということになります。

消費者としては,「だから牛肉は食べない」というのは少し違うかもしれません。消費者として,その牛肉が水資源に配慮して生産された牛肉かどうかを見極めて選択していくことが大事なのです。そうした選択はどうやって促すことができるでしょうか。これも環境マーケティングです。

  >>窒素循環の破綻


  1. 世界の水問題については,UNESCO World Water Assessment Programme)で取り組まれています。その年次報告書 WORLD WATER DEVELOPMENT REPORTS は是非一読を。 
  2. 農林水産省「世界の水資源と農業用水を巡る解決に向けて」 
  3. 農林水産省生産局畜産部飼料課「飼料をめぐる情勢(データ版)」 ちなみに酪農の粗飼料給与率は48%。