環境マーケティングには、大きく2つの領域が含まれます。ひとつはソーシャルマーケティングと呼ばれるもので、マーケティングで培われてきた手法をもって環境問題へアプローチします。もうひとつは、ソサエタルマーケティングであり、企業経営を環境と調和したものに変革するようにマーケティングを実施していこうという考え方です。以下、「そもそもマーケティングとは何か」から始めて、このことについて解題をおこなっていきます。

マーケティングとは

マーケティングの基本からおさらいしましょう。マーケティングの基本中の基本として、まずは4P戦略STP戦略は押さえておいてください。

4P戦略

マーケティングは、市場にアプローチしていく方法です。市場とは、需要と供給、言い換えれば、買い手と売り手が出会う場所です。マーケティングは売り手からのアプローチなので、「市場」と言った場合、それは買い手を指すことになります。B to Cなら消費者、B to B なら買い手企業です。潜在的な可能性も込めて「顧客」と呼ばれることもあります。
4P戦略は、市場へアプローチする時に考慮すべき以下の4項目についての戦略を指します。
– Product: 製品戦略
– Price: 価格戦略
– Place:流通戦略
– Promotion: プロモーション戦略

これら4つの頭文字Pをとって、4P戦略と呼ばれます。製品戦略は、どんな製品をつくるか、価格戦略は、どんな価格にするか、流通戦略は、どこで売るか、プロモーション戦略は、どんな説明やアピールをするかです。

4p strategy
マーケティングの基本は4Pの組み合わせ。どれかだけをやればよいというものではない。

マーケティングミクス

この4P戦略は、どれかひとつを頑張ればよいというものではありません。この4つすべてを考えて市場(顧客)にアプローチしていく必要があります。例えば、とても貴重な食材を使った食品を製造・販売することを考えましょう。まずは、その貴重な食材を活かした消費者にとって価値のある製品づくりを考えなければなりません(製品戦略)。貴重な食材を使ったらそれなりの原価になるはずで、相応の値段で売らないと引き合いません(価格戦略)。そうした高価格商品は、一般のスーパーで安売りの商品と並べて売っていてもなかなか売れませんので、どこで売るかも考え(流通戦略)、どのようにその製品の価値を消費者に伝えていくか(プロモーション戦略)も重要となります。
逆に、徹底したコストカットをして安い値段で食品を提供したい場合も、その時の製品をどうするか、どこで売るか、どんなプロモーションを行うかを考えなければならなず、それは、高級食品を売る場合とは、またずいぶん違うはずです。つまり、4Pは、それぞれ独立にどれが最良というものではなく、一緒に考えていかなければならないということです。このように4Pを考えることはマーケティングミクスと呼ばれます。4Pのいずれかのみにこだわって、マーケティングミクスがうまくできていないと、マーケティングはうまくいきません。

製品戦略だけ:いいものをつくるのは基本かもしれませんが、顧客にその良さが伝わらないと買ってはもらえません。良さがわかってもらえても、それがやたらと高かったり、入手するのがたいへんだったりすると買う人は限られるでしょう。いわゆる「職人気質」というのがあります。「わしの作品はわかるやつだけが買えばよい」といった具合です。職人さんとしてはかっこよいですが、その価値を市場に浸透させたい場合は広がりに限界があります。こうしたことは環境マーケティングでもよく出くわします。環境によい製品を作って、それで満足してしまい、それをどう売るか、どうその価値を伝えるかが考えられていません。それでは、いくらその製品がよくても、世の中の役には立ちません。よい製品でも、それをうまく売るのはなかなか難しいのです。

価格戦略だけ:安売り競争は、消費者にはありがたいですが、不当に安い販売は、売り手が生み出した価値に対する報酬を放棄しているということなので、短期的に功を奏しても、長期的な企業経営として持続可能ではありません。100円でハンバーガーを提供することで来客数は増えるかもしれませんが,来店を機にお客さんを引き寄せる価値の高いメニューが用意されてなければ,ただ単に100円で居座る顧客を増やし,ハンバーガショップの雰囲気を壊し,店舗の収益率を落とし,スタッフを疲弊させていきます。

小川(2015)には、マクドナルドの価格戦略の失敗が克明に描写されています。、
小川孔輔『マクドナルド 失敗の本質 -賞味期限切れのビジネスモデル』東洋経済新報社, 2015

高級感を出そうとして価格だけ高くしても、買い手はついてはこないでしょう。環境への配慮が結果的には商品原価を低減させたのに、プレミア感を出そうとして高価格で販売し、消費者の信頼を失った事例もあるようです。()

流通戦略だけ:食品メーカーにとって、スーパーの棚を確保するための努力はたいへんなようですが、消費者が容易に入手できるようにすることは大事です。しかし、どこでも手に入るということは、「どこでも買える」商品でもあり、陳腐化を招く可能性もあります。

プロモーション戦略だけ: たいしたものでもない商品をプロモーションだけで売り込もうとしても、買い手にとっては「だまし」ということになります。それでは、一回限りの売り込みはできても、継続的な顧客の確保はできません。マーケッティング=プロモーションと理解される向きもあります。昔は、イヌイットの方に冷蔵庫を売れる販売員が優秀と言われたとか。それは販売としては成功かもしれませんが、必要のないところに売り込むことがマーケティングではありません。

環境配慮型の製品が求められる時代にあって、環境への貢献を謳うプロモーションが批判されたこともありました。環境との共存のために生産システムを換をしているわけでもないのに、自社製品について環境によさそうな点を探し出してアピールしている、光沢のある立派な冊子やイメージCMづくりだけ頑張って、それはごまかしではないかと。

CDショップに行くとたくさんのCDが置いてあります。無数の名曲・名演がそこにはあります。CDは、時間とお金をかけなければ聞けなかった名演を手軽に安価に聞けるようにしてくれました。それでも、どんなに名曲・名演でも、それがお客さんに知られていないと選ばれません。流行歌なら、いろいろなメディアでそのよさが伝えられているので、選ぶお客さんが多いでしょう。CMなどで使われた曲を聞いて、店員さんに尋ねてたどり着く人もいるかもしれません。しかし、大半の名曲・名演は、CDショップの棚に静かに眠っています。それが、一度聞かれれば、心を震わせるようなものであっても・・・です。良いものと購入との間には、長い隔たりがあって、それを埋めるのがマーケティングなのです。

まとめると、マーケティングとは、顧客が求める価値を提供する価値を生み出し、顧客にその価値を伝え、適正な価格で顧客が入手できる条件を整えることだと理解できます。

・・・しかし、マーケティングで難しいのは、その「求める価値」(ニーズ)が顧客によって多様だということです。

多様な市場を分割して,標的を定め,そこで競争的優位性の発揮を目指すこと。

STP戦略

顧客の求める価値はどのように多様で、そのうちのどんな顧客に照準を合わせ、そこでどう競争していくかを定めることをSTP戦略と言います。これは、以下の頭文字をとって呼び名です。
Segmentation:市場セグメンテーション
Targeting:標的の設定
Positioning:ポジショニング

Segmentation は市場セグメンテーションのことで、市場細分化とも言います。マーケッティングでは市場は消費者などの顧客の集合です。市場は売り手と買い手が出会う場所ですが、売り手から見た時の市場は買い手がの集まりというわけです。市場をニーズの違ういくつかの同質な集まり(セグメント)に分類(セグメンテーション)することで、ニーズへの的確な対応が可能となります。

安ければよいと思っている人、品質にこだわりを示す人、安全性が気になる人、環境への配慮を重視する人など、それぞれのセグメントがはっきり分かれれば、それに応じたマーケティングミクスが可能となります。問題はそれをどうやって識別するかです。

消費者市場を分ける変数には様々な方法があります。年齢や性別などを、デモグラフィック変数と呼びます(人口統計とか人口動態とも言います)。国や都道府県、都市か農村かなどの地理的変数でも分けられます。独身か、子育て中か、定年退職後かといったライフステージ、質素倹約か人生エンジョイかといったライフスタイル、何を大切にしたいかといった価値観をなどを心理的変数、どこでどんな買い方をするか、ブランドにこだわるかどうかといった購買行動変数などがあります。

誰一人として同じでない消費者を分類するのですから、分類するだけなら、いろいろな分類が可能です。しかし、マーケティングのセグメンテーションには条件があります。第一に、分類した各セグメントが、ニーズの違いを反映していないといけませんが(実質性)、それだけでなく、そのセグメントが確認できて、その大きさが測れないといけません(測定可能性)。その上で、測ったセグメントの大きさがマーケティングを行うだけの十分な規模があり、しかもそのセグメントに働きかけができないと意味がありません(到達可能性)。

デモグラフィック変数や地理的変数は、測定可能性や到達可能性は高いですが、実質性が担保できない場合があります。年齢や性別などで分けるのはわかりやすく、それで済むこともあります。若い女性は流行に敏感で、年配の方は規範的考え方の人が多いなどです。しかし、例えば、食品の安全性を気にする人が、子供のいる女性に多いとはいえ、年配の男性にも相当数いるのも事実です。

心理的変数や購買行動変数は、うまく定義できれば実質性は高いですが、測定可能性や到達可能性がなかなか厳しかったりします。環境意識の高い人とそうでない人は確かにいるのでしょうが、誰が環境意識が高いかを確認するのは難しいです。そうなると、そのような人がどのくらいいるかもわからないし、働きかけることもできません。

とはいえ、各消費者が環境をどう認識し、環境に対してどのような態度をとるのか、環境に対する認知と態度・行動に応じて、なすべき働きかけは異なりますので、環境マーケティングでは、市場セグメンテーションは、最初に取り組むべき大きな課題で、多くの研究もおこなわれています。

Targetingとは、分けられたセグメントのどれをマーケティングの対象とするかを定めることです。どれか一つのセグメントを対象とすることもあるし、複数を対象とすることもあります。各セグメントはニーズが違います。ニーズの違いで分けてあるので当然そうです。それだけでなく、市場の規模や成長率が違います。当然、市場規模が大きくて、成長率の高いセグメントが魅力的ですが、そこはそこで競争がありますから、各セグメントのニーズに対して自社製品が勝負できるセグメントや、その他自社の成長戦略にとって重要なセグメントが選ばれることになります。

Positioningとは、各セグメントの競争の中で、自社製品をどのように位置づけて競争していくかです。わかりやすく、夏の海水浴場でかき氷を販売することを考えましょう。長い一直線のビーチに一様に海水浴客がいる場合、どこに店を構えたらよいか、というのもポジショニングです。真夏の砂浜で、みんなかき氷は食べたいですが、暑くて歩きにくい砂浜を歩いて買いに行くのは大変です。できるだけ近い方がよいわけです。直感的に真ん中に店を構えるのがよさそうですが、他のお店も真ん中に出店したら、あなたならどうしますか?

マーケティングの展開

4P戦略やSTP戦略はマーケティングの基本ですが、これらはすでに1970年代には確立した概念で、マーケティングの概念やツールは、日々進化しています。

マーケティングは4PやSTPだけでなく,時代の推移とともに発展してきた。 Kotler, P., H. Kartajayaand and I. Setiawan(2010)Marketing 3.0, Wiley, Hoboken, N.J., 188pp.(藤井清美・恩蔵 直人訳(2010)コトーのマーケティング3.0, 朝日新聞出版, 東京, 286pp.)

これらの大きな流れをコトラーは、3つの段階に分けて説明してくれています。かつて、初めての大量生産車T型フォードが発売されたとき、自動車市場を一つとみなしたマス・マーケティングでした。売るものは製品であり、クルマを持ちたい、電化製品を持ちたいと、モノそのものを欲しがる消費者が顧客でした。企業は、効率よく低価格で製品を生産し、市場に拡散させ後は売れるのを祈りました(Spray and pray)。1つの売り手が多くの顧客に対応する1対多の製品中心のマーケティングの時代です。

Marketing Ver. 3.0
マーケティングは,1対多から,1対1,そして多対多の価値主導のマーケティングへ Kotler, P., H. Kartajayaand and I. Setiawan(2010)Marketing 3.0, Wiley, Hoboken, N.J., 188pp.(藤井清美・恩蔵 直人訳(2010)コトーのマーケティング3.0, 朝日新聞出版, 東京, 286pp.)

しかし、モノがあふれ,物欲が一巡すると、消費者は自身の目的や好みに合った製品を欲しがるようになります。消費者ニーズの多様化です。企業は、市場を細分化し、それぞれのセグメントの特徴やニーズに沿ったマーケティングを展開する必要が出てきました。STP戦略です。できるだけ同質のセグメントに分けようと思うと、市場は際限なく細分化され、最終的には個人単位となります。1対1のマーケティングです。インターネット販売など容易に顧客の購買や検索履歴が残るような環境では、データベース技術の発達が個人単位の顧客管理を可能にしました。そうでない対面販売でも、会員カードなどで顧客情報が収集されるなど、個人との関係性においてマーケティングが行われるようになりました。これはCRM(Consumer Relationship Marketing)と呼ばれています。CRMが行き着くと,顧客は売り手との関係性に意味を持たせ,売り手に対してなんらかの期待を持つようになります。例えば,同じ会員制サービスを提供する売り手でも,顧客が売り手に対してドライな関係を認識している場合は,会費の値上げはそれほど問題になりませんが,顧客が売り手に対して古い友人のような関係を期待している場合は,一方的な会費値上げ通告は,顧客に怒りや悲しみを与えるかもしれません。Avery et al. (2014)は,企業と顧客の関係を29パターンを特定しています。

インターネット、SNSの普及は、消費者同士を結び付けました。口コミ情報が影響力を持つようになったり、興味や関心、価値観を共有するつながり(Tribe: 部族とか呼ばれます)ができたりするようになりました。消費者は、単にモノが欲しいのではなく、消費になんらかの解決を求めるようになりました。売り手側も協力や提携が必要になってきました。多対多のマーケティングです。

顧客と企業との関係は、かつてのモノを売って買う1回だけの関係だけではなく、より継続的で複雑なつきあいへと変わってきました。そうなると、消費者にとっても、つきあう企業がどんなものか、信頼できるかどうかを見極める必要があり、企業にとっては自社のブランドをどのように築くか重要性を持つようになってきました。

そうした中で、企業の社会性が問われるようになり、企業の社会的責任(CSR)という言葉も生まれました。環境マーケティングもそうした流れの中に位置づけることができます。

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